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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)309号 判決

東京都港区六本木二丁目三番九号

原告

株式会社ユーザーズソフト

右代表者代表取締役

外山弘道

東京都港区西麻布三丁目三番五号

被告

麻布税務署長 大西幸策

右指定代理人

小濱浩庸

信太勲

鈴木福夫

木上律子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が平成五年五月三一日付けでした次の各処分を取り消す。

一  原告の平成二年八月一日から平成三年七月三一日までの事業年度(以下「平成三年七月期」という。)の法人税についての更正のうち、所得金額一六三万九四八五円、納付すべき税額三七万三九〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

二  原告の平成三年八月一日から平成四年七月三一日までの事業年度(以下「平成四年七月期」といい、平成三年七月期と合わせて「本件係争事業年度」という。)の法人税についての更正のうち、所得金額二六九万一〇七八円、納付すべき税額七〇万九一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

第二事案の概要

本件は、原告が本件係争事業年度の所得の金額の計算上、役員退職給与引当金を損金の額に算入して行った申告に対し、被告が役員退職給与引当金を損金の額に算入することはできないとして更正及び過少申告加算税賦課決定を行ったため、原告がこれを不服としてその取消しを求めている事案がある。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、コンピュータソフトウェアの開発及び販売等を営むいわゆる同族会社であり、原告の本件係争事業年度当時の役員は、代表取締役外山弘道、取締役外山洋子及び吉岡えみ、監査役吉岡弘である。

原告は、役員に対する将来の退職給与に充てるため、役員に係る退職給与引当金として、平成三年七月期に八二一万六〇〇〇円、平成四年七月期に一一四一万七五〇〇円を役員退職引当金勘定に繰り入れて損金の額に算入し、平成三年七月期の法人税につき、同年九月二四日に確定申告を、平成五年四月一五日に修正申告を行い、平成四年七月期の法人税につき、同年九月二八日に確定申告を、平成五年四月一五日に修正申告を行った。

2  被告は、平成五年五月三一日、原告の役員退給引当金勘定への繰入額の損金算入を否認し、原告の本件係争事業年度の法人税について、それぞれ更正(以下「本件各更正」という。)及び右各更正に係る過少申告加算税の各賦課決定(以下「本件各賦課決定」という。)をした。なお、同日、本件係争事業年度の法人税につき、原告の修正申告に係る過少申告加算税の各賦課決定がなされている。

3  原告は、本件各更正及び各賦課決定を不服として、被告に対して、平成五年七月二八日、異議の申立てをしたが、被告は、同年一〇月二六日、これを棄却する旨の決定をした。原告は、同年一一月二四日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、同所長は、平成六年六月二三日、これを棄却する旨の裁決をした。

(なお、以上の経緯については、別表一及び別表二のとおりである。)

二  本件各更正及び各賦課決定の根拠及び適法性についての被告の主張

1  平成三年七月期

(一) 修正申告の所得金額 一六三万九四八五円

右金額は当事者間に争いがない。

(二) 役員退職給与引当金の損金不算入額 八二一万六〇〇〇円

原告は、平成三年七月期の法人税の確定申告書において、役員に係る退職給与引当金の額八二一万六〇〇〇円を役員退給引当金勘定に繰り入れて損金の額に算入したが、役員を対象とする退職給与引当金への繰入額は、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入されないものである。

(三) 所得金額 九八五万五四八五円

右金額は、右(一)の金額に右(二)の金額を加えた金額である。

(四) 納付すべき法人税額 二八五万六〇〇円

右金額は、右(三)の所得金額に法人税法六六条に定める税率を乗じて算出した金額から、同法六八条に規定する所得税額八万四九四四円を控除した金額(ただし、国税通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

なお、役員退職給与引当金が損金に算入されないとした場合の税額の計算については、当事者間に争いがない。

2  平成四月七月期

(一) 修正申告の所得金額 二六九万一〇七八円

右金額は当事者間に争いがない。

(二) 役員退職給与引当金の損金不算入額 一一四一万七五〇〇円

原告は、平成四年七月期の法人税の確定申告書において、役員に係る退職給与引当金の額一一四一万七五〇〇円を役員退給引当金勘定に繰り入れて損金の額に算入したが、役員を対象とする退職給与引当金への繰入額は、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入されないものである。

(三) 事業税の損金算入額 七六万九三〇〇円

右金額は、平成三年七月期に係る法人税の更正処分により、原告が東京都等の地方公共団体に対して、新たに納付すべきこととなった事業税の額である(右金額については当事者間に争いがない。)。

(四) 所得金額 一三三三万九二七八円

右金額は、右(一)の金額に右(二)の金額を加え、右(三)の金額を控除したた金額である。

(五) 納付すべき法人税額 四一九万七八〇〇円

右金額は、右(四)の所得金額に法人税法六六条に定める税率を乗じて算出した金額から、同法六八条に規定する所得税額四万四三〇三円を控除した金額(ただし、国税通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

なお、役員退職給与引当金が損金に算入されないとした場合の税額の計算については、当事者間に争いがない。

3  以上のとおり、被告が本訴において主張する原告の本件係争事業年度の所得金額及び納付すべき法人税額は、本件各更正と同額であるから、本件各更正は適法である。

4  本件各更正により、原告が納付すべき法人税額(ただし、国税通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)を基礎として、同法六五条一項及び二項の規定により過少申告加算税の額を計算すると(右計算については当事者間に争いがない。)、本件各賦課決定と同額となるから、本件各賦課決定は適法である。

三  争点

本件の争点は、役員退職給与引当金が所得金額の計算上損金に算入することが認められるか否かという点であり、これに関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。

1  被告の主張

法人税法は二二条三項二号は、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、償却費以外の費用については当該事業年度終了の日までに債務の確定しているものに限る旨規定している。退職給与引当金は、将来の退職給与に充てるために計上されるものであり、当該事業年度終了の日までに確定した債務に該当しないから、これを損金の額に算入することは別段の定めがない限り許されない。

法人税法五五条は、右別段の定めとして、一定の条件及び限度額の範囲内で使用人を対象とする退職給与引当金勘定繰入額の損金算入を認めているが、これは、使用人に関する退職金支給規程所定の退職金の額が勤務年数に応じて増大することから、各事業年度に対応する退職金部分は、条件付きにではあるが、その期において発生したものとみることができ、それが将来費用として支出される蓋然性が高く、かつ、その金額をある程度合理的に算出することも可能であることにかんがみ、また、これを負債性引当金として費用計上すべきであるとの企業会計理論をもんしゃくして、各事業年度に対応する退職金部分を、法人所得の期間計算上、特に「退職給与引当金」としてその負債性を認めることとし、当該法人が所定の退職給与規程を定め、かつ、その確定した決算においていわゆる損金経理によって退職給与引当金勘定を設けている場合に限り、同法施行令一〇六条に基づいて計算した金額を限度として損金に算入することを許したものである。

これに対し、役員退職給与は、使用人に対する退職金とは異なり、在職中の職務執行の対価としての性格を有するとともに、当該退職役員の功労に報いる趣旨をも含むもので、その額は、定款又は株主総会をもって定められるものであるから、必ずしも退職金の額が役員の在職年数に応じて増大するものではなく、各事業年度に対応する退職金の部分を合理的に算定することも困難である。

しかも、右のように役員退職給与が退職功労金としての性格をも有しているところ、会社に対する貢献度を客観的に測定し得べき基準がないため、その判断が主観的に流れやすいことから、個々具体的な退職給与金額は、多分に益金処分たる性質をも含んでいるのである。法人税法三六条及び同法施行令七二条が、役員に対する退職金の額で不相当に高額な部分を損金に算入しない旨規定しているのもそのような趣旨からである。

そうすると、退職給与引当金に関する法人税法五五条は、その文言どおり厳格に解釈すべきものであることは明らかであり、役員を対象とする退職給与引当金については同条の適用はないというべきである。そして、他に役員退職給与引当金勘定繰入額について、損金の額に算入する旨の規定はないから、役員退職給与引当金は、各事業年度の所得の計算上、損金の額には算入されない。

2  原告の主張

退職給与引当金は、将来の退職給与に充てるために計上されるものであるから、法人税法二二条三項二号にいう当該事業年度終了の日までに確定した債務には該当しないが、確定していないからといって当該事業年度において全額を益金処理することは、法人税の課税所得を合理的に計算できなくなる。このため、法人税法は、同法二二条三項二号の別段の定めとして、同法三六条及び五五条で損金算入を認める退職給与引当金を規定しているのである。

すなわち、同法三六条は、「内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、当該事業年度において損金経理をしなかった金額及び損金経理をした金額で不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。」と規定し、同法施行令七二条が右過大な役員退職給与の額のついて定めているのであって、役員に対して支給する退職給与のうち、不相当に高額な部分の金額は損金に算入できないが、それ以外の金額は損金に算入できることを認めているところ、使用人に対する退職給与の額については、このような規定がないため、不相当に高額であっても損金算入ができることになる。そのため、同法五五条及び同法施行令一〇五条ないし一〇八条は、使用人の退職給与引当金の損金算入の額について規定し、退職給与の準備である退職給与引当金のうち、損金算入できる額を一定の条件及び限度額の範囲で認めることとしたのである。

したがって、同法三六条により退職給与のうち損金算入できる額が規定されている役員の退職給与引当金については、不相当に高額でない退職給与の準備のための退職給与引当金の損金算入が当然に認められるということになる。

法人税法上も、使用人に対する退職給与引当金の損金算入は認めるが、役員に対する退職給与引当金の損金算入は認めないとは何ら規定されておらず、租税法律主義の観点からも、役員の退職給与引当金の損金算入が認められるべきことは明らかである。

また、実際上も、規模の大きな会社で毎事業年度役員の退職者がいるような場合には、退職給与の負担が平準化され、役員の退職給与引当金の損金算入が認められなくても、退職給与の支給の損金経理により同様の効果があることになるが、原告のような規模の小さな会社の場合には、役員の退職が二五年から三〇年に一度発生する程度であり、退職給与引当金の損金算入を認めなければ、役員の退職時に一時の損金経理となるため、十分な役員の退職給与を支給することは現実問題として不可能となる。このように、弱者である小規模企業のみに不利益となり、現実問題としてこれから老後を迎える老人の退職給与を制限することになる法人税法の解釈が誤っていることは明らかである。

第三争点に対する判断

一  法人税法二二条三項は、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、当該事業年度の損金の額に算入すべき金額について定めており、損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、同項一号ないし三号に掲げる額とするとし、同項二号は、償却費以外の費用については当該事業年度終了の日までに債務の確定しているものとする旨規定している。

内国法人が退職給与を現に支給した場合に、原則として、その退職給与が費用としてその支給した事業年度の損金の額に算入されることは当然のことであるが、退職給与引当金は、将来の退職給与に充てるために計上されるものであり、本来的に当該事業年度終了の日までに確定した債務に該当しないから、これを損金の額に算入することは別段の定めがない限り許されないと解すべきである。

二  ところで、法人税法五五条一項は、「内国法人で政令で定める退職給与規程を定めているものが、その使用人の退職により支給する退職給与に充てるため、各事業年度において損金経理により退職給与引当金勘定に繰り入れた金額については、当該金額のうち、当該事業年度終了の時において在職する使用人の全員が自己の都合により退職するものと仮定して計算した場合に退職給与として支給されるべき金額の見積額のうち当該事業年度において増加したと認められる部分の金額を基礎として政令で定めるところにより計算した金額に達するまでの金額は、当該事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入する。」とし、同法施行令一〇五条は、労働協約や労働基準法上の就業規則等の退職給与規程の範囲を定め、同一〇六条は、退職給与引当金勘定への繰入限度額を定めており、法人税法二二条三項にいう「別段の定め」として、一定の条件及び限度額の範囲内で使用人を対象とする退職給与引当金勘定繰入額の損金算入を認めている。

右規定は、労働協約や就業規則等による退職給与規程は、使用人に対する契約上の債務として又は労働条件を明示するものとして、企業に対する拘束力を有するところ、こうした退職給与規程所定の退職金の額は使用人の勤務年数に応じて増大するものであることから、各事業年度に対応する退職金部分は、条件付きにではあるが、その期において発生したものとみることができ、それが将来費用として支出される蓋然性が高く、かつ、その金額をある程度合理的に算出することも可能であることにかんがみ、また、これを一種の負債性引当金として費用計上すべきであるとの企業会計理論をも考慮して、税法上も、各事業年度に対応する一定の退職金部分を、法人所得の期間計算上、特に「退職給与引当金」としてその負債性を認めることとし、当該法人が所定の退職給与規程を定め、かつ、その確定した決算において損金経理によって退職給与引当金勘定を設けている場合に限り、同法施行令一〇六条に基づいて計算した金額を限度して損金に算入することを例外的に許容したものと解することができる。

三  このように、法人税法五五条一項は、使用人を対象とする退職給与引当金勘定繰入額の損金算入を定めた規定である一方、法人税法上、役員を対象とする退職給与引当金の損金算入に関して定めたような規定は見当たらない。

そして、役員退職給与は、使用人に対する退職金とは異なり、在職中の職務執行の対価としての性格を有するとともに、相当程度いわゆる退職功労金としての性格をも有するものと解されるのであって、その額は、必ずしも退職金の額が役員の在職年数に応じて増大するものではない上、各事業年度に対応する退職金の部分を合理的に算定することも困難である。また、当該役員の企業に対する貢献度を客観的に測定し得べき基準がなく、その判断が主観的に流れやすいことから、個々具体的な退職給与金額は、多分に益金処分たる性質を含んでいる場合もあり得るところである。そうすると、役員の将来の退職給与に充てるための引当金は、当然に使用人の退職給与引当金と同様の負債性引当金としての性質を有するものとはいえないから、これに同法五五条一項の規定が適用されるものでないことは明らかである

したがって、役員の退職給与引当金については、本来的に当該事業年度の終了の日までに確定した債務とはいえず、同法二二条三項にいう「別段の定め」もないことになるから、これを損金に算入することは法人税法上許されないといわざるを得ない。

四  原告は、法人税法三六条を根拠として、役員の退職給与引当金については、別段の定めがあり、不相当に高額でない役員退職給与に充てるための引当金については損金算入が認められると主張するかのようである。

しかしながら、同条は、内国法人が役員の退職給与を現に支給した場合に、支給した事業年度における過大な役員退職給与の損金不算入について別段の定めを設けているものであり、退職給与引当金について定めたものでないことはその文言から明らかである。すなわち、内国法人が退職給与を支給した場合には、その退職給与の額は、確定した債務となり、原則として、その支給した事業年度の損金の額に算入されることになるのであるが、役員の退職給与については、前示のとおり、相当部分において退職功労金としての性格をも有するところ、功労の程度を客観的に判断することは必ずしも容易ではなく、その判断が主観的に流れやすいため、退職給与に名を借りた益金処分がなされることがあり得ることから、同条は、役員の退職給与の額のうち、損金経理がされた金額でも不相当に高額な部分の金額は、これを損金に算入しないこととする旨を規定したものと解され、将来の退職給与に充てるためのもので本来的に確定した債務とはいえない退職給与引当金については、何ら規定していないものといわざるを得ない。

したがって、同条を根拠として、不相当に高額でない役員退職給与に充てるための引当金の損金算入につき別段の定めがあるとする原告の主張は失当である。

また、原告は、役員の退職給与引当金の損金算入を認めなければ、退職給与の負担が平準化される大規模な会社に比べ原告のような小規模な会社のみが不利益を受け、役員に対する十分な退職給与の支給が実際上制限される不合理な結果となると主張するかのようである。

しかしながら、法人税法は、法人の規模の大小を問わず、役員の退職給与引当金の損金算入を認めないこととしているのものであり、大規模な法人であるからといって、必ずしも毎事業年度役員の退職が生ずるわけではないし、大規模な法人において結果的に退職給与の負担が一定程度平準化されることがあり得るとしても、それは、小規模な法人に比べ役員の退職給与の負担の機会が多いことに由来するものであるから、これをもって、原告について異なった取扱いをしなければならないような不公平が生じているということはできない。また、役員の退職給与引当金の損金算入を認めないとしても、将来の役員の退職給与に充てるために、一定程度の益金をしかるべき租税負担をした上で蓄積しておくこと自体は可能なのであるから、これをもって十分な退職給与の支給自体を制限しているということもできない。

したがって、この点に関する原告の主張も失当である。

五  以上によれば、原告の役員退職給与引当金勘定への繰入額の損金算入を否認してなされた本件各更正及び各賦課決定は適法であり、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 竹田光広 裁判官森田浩美は転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官 秋山壽延)

別表一 平成二年八月一日から平成三年七月三一日までの事業年度の本件各課税処分の経緯

別表二 平成三年八月一日から平成四年七月三一日までの事業年度の本件各課税処分の経緯

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